Greeting
代表ご挨拶
アイエス・フィールドは、所属タレント、社員、並びに弊社に携わる全ての方にとって夢を叶える為の場所でありたいと立ち上がった会社です。常に弱者の味方であり、常にインディーズ魂を忘れずに、常にルネッサンス精神を持ち、創作と発信を続け今まで歩んできました。今も、これからもその精神は大切にしていきます。

【夢】の持つ力こそ、人生を豊かにするものであり、その夢を実現させる為のエネルギーこそ、人を輝かせる力となります。古臭いかもしれませんが「努力は絶対に裏切らない」と私は信じています。
誰でも夢を見ることが出来ます。そしてそれを実現する可能性は誰にでも有ります。

我々は、「夢」を大切にそして「出逢い」を大切にモノを作り、お客様に笑顔と感動と出逢いをご提供する事が社会的使命であると考えています。

そして、我々自身も大きな夢を持ちながら、我々自身も感動しながら、常に行動をし続ける会社を目指しています。
<アイエス・フィールドの歩み>
私は、19歳の時とあるタレント養成所に入所し、エキストラ出演から芸能界で携わり始めました。当時は有名俳優の運転手をしたり、アクションチームに参加し死体役、スタント等で生計を立てていました。その傍ら、色々なレッスンに参加し、多くの恩師の皆様に沢山の事を学ばせて頂きました。
名もない多くの俳優達が、人知れず努力している様を見て、芸能の世界では、売れている方と売れていない方では、何故これ程までに格差が有るのか?と疑問を持つようになりました。生まれ持った才能が大きく、努力が通用しない世界だと感じていた時期も有りました。
自分と自分を認めてくれない日本から逃げるように、カナダとニューヨークで演出や演技を2年程学び、その海外滞在期間の2年で、2400本の様々な国の映画を観ました。恥ずかしくも、その海外生活を通じて日本映画の素晴らしさを初めて知り、また、日本映画の役割、日本人の世界における役割を考えるようになりました。

ニューヨークでは、小規模の映画や舞台の製作に携わり活動をしていましたが、活躍する迄には至らず帰国し、帰国後は日本映画の色々な部署で、また演技指導のアシスタントとして仕事させて頂きました。 自己資金で自主映画を製作したり、上映会をしたりしていましたが、何がしたいのか迷う日々が続き、そして32歳の頃、再び20歳の頃に感じた疑問「名もない多くのクリエイター(当時は俳優達という表現でした)達が、驚く程努力しているのに、芸能の世界では、売れている方と売れていない方では、何故これ程までに格差が有るのか?」が持ち上がったのです。この疑問は、思うように結果の出せていない自分自身の葛藤だったのだと、今では思います。
私は、作品の本数が多くなれば俳優やクリエイター達の出口も増えると考え、とにかく作品の本数を多く作ろう。作品のクオリティで才能が必要なら、本数が多いのは努力で乗り越えられると考えました。そして、多くの俳優やクリエイター達のフィールドになれば良い、そして努力が正当に誰かに伝わり報われるようにしたいと考え、2006年にアイエス・フィールド社を設立しました。

多くの方に支えられ、何とかこれまで存続させて頂いています。
そして、今後も存続する会社だと自負しています。それは我が社が世の中に必要とされている会社だと自覚しているからです。

我が社の強みとは何か?を考えると、上記の私の個人経験が我が社の企業理念に繋がっているのだと思います。
ヒット作重視ではく創作活動、挑戦活動を重視しています。勿論作品のヒットも目指していますが、ヒットを目指す理由が他社と違うと思っています。誰かの個人の名誉の為のヒットではなく、努力を怠らないまだ名もなき俳優やクリエイターの活動の場の為のだと考えています。大きな会社と違い、限られた資源での企画開発ではありますが、それ故に他社よりも知恵と行動力が必要で、他社よりも挑戦と失敗をより多く繰り返しているはずです。
金銭的には裕福な会社では有りませんが、やりたい事が形になり、そしてどんな企画でも諦めずに前に進めて行ける会社である事は間違いないです。マイナーをメジャーに押し上げる事に遣り甲斐と責任感を持ち取り組んでいる会社です。

また、世界における日本での創作活動の役割は、「利他的献身」と「調和」だと考えています。
言い換えると悪い意味ではなく「おせっかいな」と「中途半端」が美学となる、という事だと思うのです。他の国の違い白黒はっきりさせずに前に進めながら調和を保つ、こんな芸当が出来る文化は日本だけだと思います。
世界の調和を担う大きな役割が、日本のエンターテイメントには有ると考えます。
アイエス・フィールド代表取締役
嶋田 豪
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